喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。
あらすじ
時代は昭和初期、秋野という人文地理学者が北九州にある遅島という離島を訪れる話。
地域に住む人達、信仰、風習、自然、生活様式など全てが秋野のフィールドワークの中の美しい文章の中で関係を紡がれていく。
かつての修験道の霊山であったその山々やそこに暮らす人々のルーツを追い求め、その地に惹かれていく。
フィールドワークは第二次世界大戦に中断される。
そして秋野は戦後50年後、不思議な縁でまた遅島へ行く『発展』していくかつて自らが愛した島に感じた喪失感とは。
感想
これまた凄まじい作品でした、『西の魔女が死んだ』などで有名な梨木香歩さんの作品は初めて。
人文地理学者の博識さに驚き。
その辺に生えている植物の植生からの仮説を立てる能力すごすぎる。
今私達はググればある程度の解答を
期待はできるが、そういった利便性が空っぽに感じる。
通信技術により得たものより、
失ったものの方が多い気がする。
その中でも締め殺しの木の記述がゾッとした。
アコウという植物がある。
普通植物は太陽に向い上に上に伸びていく。
しかし、アコウは異なる。
鳥やコウモリ、サルの糞などに含まれるアコウの種は
木の枝の間幹の上などに落ちると、
そこから自生を始め、根本へ根元へ、下へ下へ、根をはっていく。(空気中に触れることからそれらは気根と呼ばれる)
元々の木を覆うように成長していき、幹に根にも絡みつくことから、
絞め殺していく故にこの名前がついた。
著書の中では、このアコウの木の生活様式と人々と国のような関係性を見る。
元々あった人々の生活の中にルールという絞め殺しの木的な要素が入り込み、覆い隠して、元々あったものはどんどんと朽ちていく。
しかし、外殻がしっかりしているのでそれは中身がスカスカであったとしても継続はしていく。
という記述にゾッとした。
船の安全祈願の為の船霊(ふねだま)を込める具体的な方法などなど。
興味深い内容がたくさんあったが、
それらは時代という抗うことができない忘却の波に忘れ去られていく朧(おぼろ)げな存在だという事を暗に書いている。
海うそとは、
蜃気楼とはまた違うニュアンスだけど、
遠く朧げな幻影のような現象を
遅島ではそう呼ぶそうです。