感想
密やかなる結晶、読了です。
伊丹羽田間を3往復分の機内の中で。5-6時間くらいか。
設定としては、ある島の話です。
そこには消滅と呼ばれる現象がランダムに起こります。
鳥や花やカレンダーなどが消滅によって失われていきます。
例えばハーモニカが消滅した場合。
ハーモニカが消滅したら、ハーモニカを廃棄して、それに纏わる記憶は人々から薄れていき、初めからそんなもの存在しなかったかのようになっていきます。
しかし、それに抗いハーモニカを保持しようとしたり、物はなくとも形で残そうと大切にしようとしたら、
秘密警察と呼ばれる謎の組織に家宅捜索をされ本人も連行されてしまうのです。これを記憶狩りといいます。
一つ一つを失っていく事にフォーカスして失うという事がどういった事だったのか?
を私達に問いかけてくる作品です。
こちらは1994年に出版され、
2020年に装いを新たに世に出された本です。
ここが意味深い。
2020年とはまさにコロナによって世の中の根底がガラッと変わってしまった、
事はまだ記憶に新しいでしょう。
慣れないマスク生活、ソーシャルディスタンス、消毒や体温の提示、ワクチン、
ワクチン接種証明などなど。
コロナ禍に順応する為に私達は、誰もが答えを知らないままに選択する事を半ば強制的に迫られてきました。
そしてその先には新しい基準に迎合することの代償として
おそらく何かを失ってきた日々とも言えます。
そして、今やそれを失ってしまった事さえ、もはや思い出せなくなる。
そんな小さな罪悪感みたいな気持ちを、
一つ一つの糸が大切に紡がれた言葉の工芸品のように、
静かな語りと時間の流れが心の中に落ちていき、
何かが解けていくようなカタルシスを与えてくれます。
作品は
「わたし」と「R氏」と「おじいさん」の関係性中心に冷静に描かれていきます。
「わたし」が小説家という仕事をしているので、作中内で完成させる小説内小説も、同じ温度感で描かれていくのも良かった。
2020年にイギリスの本の最高賞である、ブッカー賞にノミネートされた事も話題になったようです(私は知りませんでしたが)。世界的に喪失感を労る大きなうねりのようなものを感じます。
80分しか記憶が持たない、
博士の愛した数式などで有名な小川洋子さんの作品。
25年前に描かれたとは思えない、
今読んでも新すぎる視点。きっとこの先も。
失う事に慣れ過ぎた私達に
時を経て、失うこととはどういった事か?を現実感を持って考えさせてもらえる良書でした。